カテゴリー: 腫瘍科

  • 肛門嚢アポクリン腺癌

    犬の肛門の両脇には「肛門嚢(こうもんのう)」と呼ばれる袋状の器官があります。ここには分泌液をつくる腺があり、マーキングや排便時の臭いづけなどに関係していると考えられています。この肛門嚢にできる代表的な悪性腫瘍のひとつが「肛門嚢アポクリン腺癌」です。

    肛門嚢アポクリン腺癌は、肛門周囲の悪性腫瘍の17%を占めます。好発犬種としては、アメリカンコッカースパニエル、ジャーマンシェパード、ダックスフンドが挙げられます。

    また、この腫瘍は転移率が高く診断時には26-89%がリンパ節転移、0-42%が遠隔転移を認めることがある悪性腫瘍になります。

     

     

    【症状】

    初期には無症状のことが多く、飼い主さまが気づいたときには腫瘍が大きくなっていることもあります。次のような症状が見られる場合は注意が必要です。

    ・肛門の片側にしこりふくらみがある

    ・排便時に痛がる便が細くなる

    ・肛門をよくなめる、気にする

    多飲多尿(お水をよく飲み、尿の量が多い)

    ・元気がない、食欲が落ちる

    この病気の特徴のひとつが「高カルシウム血症」です。約半数の症例で血中カルシウム濃度が上昇し、腎臓への負担多飲多尿などを引き起こします。

     

     

    【診断】

    肛門嚢の周囲にしこりを見つけた場合、まずは直腸検査(指での触診)で確認します。その後、より正確に診断するために以下の検査を行います。

    細胞診または組織検査:しこりの細胞を採取して、腫瘍の種類を確認します。

    血液検査:カルシウム値の上昇や腎機能のチェックを行います。

    レントゲン・超音波検査・CT検査:おなかの中のリンパ節や肺への転移がないか調べます。

     

    【臨床ステージ分類】

     

    治療】

    ・治療の基本は外科的切除です。

    腫瘍が大きくなる前に切除することが望ましい。

    ⇨根治が難しい場合でもできる限り摘出して腫瘍を減らす(減容積手術)ことで、高カルシウム血症を改善できることがあります。

     

    ・切除後には、再発や転移を防ぐ目的放射線治療(RT)抗がん剤治療を併用する場合もあります。

    また、高カルシウム血症がある場合には、点滴や薬によるカルシウム値のコントロールも重要です。

     

     

    予後】

    肛門嚢アポクリン腺癌は悪性度が高い腫瘍ですが、早期発見・早期治療を行うことで寿命を延ばせることがわかっています。

     

    中央生存期間中央値:386~960日

    1年生存率および2年生存率:それぞれ65%、29%

     

    転移が進んでいる場合でも、状況によっては症状を和らげる「緩和治療」により、生活の質を保ちながら過ごすことも可能です。

  • 犬・猫の皮膚肥満細胞腫

    【肥満細胞腫とは?】

    「肥満細胞腫(ひまんさいぼうしゅ)」は、犬や猫にできる皮膚の腫瘍のひとつです。
    肥満細胞というのは、本来は体の中でアレルギー反応や免疫に関わる細胞で、ヒスタミンなどの物質を放出する役割を持っています。この肥満細胞が腫瘍化して異常に増えてしまうと「肥満細胞腫」と呼ばれる腫瘍になります。

    犬では皮膚にできる腫瘍の中で最も多いもののひとつであり、猫でも比較的よくみられる腫瘍です。

    見た目は一見すると「ただのしこり」「できもの」に見えるため、早期に気づいて検査をすることがとても大切です。

     

     

    【症状】

    肥満細胞腫の症状はとても多様です。代表的なのは次のようなものです。

     

    ・皮膚のしこり:赤くなったり、毛が抜けたり、表面がただれて見えることもあります。

     

    ・大きさが変化する:触ると急に腫れたり小さくなったりすることがあります。これは肥満細胞からヒスタミンなどが放出され、一時的に炎症やむくみが出るためです。

     

    ・かゆみや痛み:犬や猫がしきりに舐めたり掻いたりすることもあります。

     

    ・全身症状:進行すると、嘔吐・下痢・食欲不振などの消化器症状が出ることもあります。これは腫瘍から放出される物質が胃や腸に影響を与えるためです。

     

    見た目は赤く盛り上がったドーム状になったり、脂肪腫のように丸いしこりに見えることもあります。そのため、外見だけでは「良性のしこり」か「悪性の腫瘍」かを見分けることはできません。

     

    ※肥満細胞腫の注意点※
    しこりを強く触ると、肥満細胞からヒスタミンという物質が放出され、しこりが赤く腫れたり一時的に大きく見えることがあります。まれに全身に影響して、ぐったりしたりショック状態になることもあります(これを「ダリエ徴候」と呼びます)。そのため、しこりを必要以上に刺激しないように注意しましょう。

     

    【診断】 

    肥満細胞腫かどうかを調べるためには、次のような検査を行います。

    ・細胞診
    しこりに細い針を刺して細胞を採り、顕微鏡で観察します。肥満細胞は特徴的な顆粒を持っているので、診断の手がかりになります。

     

    ・組織検査(生検)
    より詳しく調べる場合には、しこりの一部や全体を外科的に切り取り、病理検査に出します。腫瘍の「グレード(悪性度)」を調べるために必要です。

     

    ・血液検査・画像検査(X線・超音波検査など)
    腫瘍が転移していないか、リンパ節や内臓に広がっていないかを確認します。

    特に、肥満細胞腫は肝臓や脾臓に転移しやすいとされているので、注意が必要となります。

     

     

    【治療】

    肥満細胞腫の治療は、主に「外科手術」「薬物療法」に分けられます。

     

    ・外科手術 ⇨根治を目指せる!
    肥満細胞腫は周囲に広がることがあるため、腫瘍そのものだけでなく健康そうに見える皮膚も一緒に切除するのが理想です。もし転移がなく、皮膚にひとつだけの発生であれば、外科手術はとても効果的な治療になります。

     

    ・抗がん剤治療
    切除が難しい場合や転移がある場合には、抗がん剤を使うことがあります。近年では分子標的薬(特定の腫瘍細胞を狙い撃ちする薬)も使われるようになってきています。

     

    ・放射線治療
    一部の施設では放射線を使った治療が行われることもあります。

     

    ・補助療法
    腫瘍から放出されるヒスタミンによる副作用(胃潰瘍や嘔吐)を防ぐために、抗ヒスタミン薬や胃薬を併用することもあります。

     

     

    【予後について】

    肥満細胞腫は「良性のように振る舞うもの」から「非常に悪性で転移しやすいもの」まで幅が広い腫瘍です。

     

    ・低グレード(悪性度が低い):手術でしっかり切除すれば再発のリスクは比較的低く、良好な経過が期待できます。

    ・高グレード(悪性度が高い):転移や再発が起こりやすく、追加の治療や継続的な管理が必要になります。

     

    犬種によって発生しやすさに違いがあり、ボクサー、パグ、ラブラドールなどでは比較的多いことが知られています。猫では皮膚にできるタイプのほか、脾臓や消化管にできることもあります。

     

    グレード分類(Kiupel) ⇨病理組織検査で判断します!

    Kiupel分類(病理学的悪性度)

     

     

    【飼い主さんにできること】

    肥満細胞腫は「早期発見・早期治療」が何よりも大切です。

    次のことを意識してみてください。

    ・毎日スキンシップをしながら体を触り、しこりがないかチェックする。

    ・しこりを見つけたら「様子を見る」のではなく、早めに動物病院で検査してもらう。

    ・治療後も定期的な健診を受け、再発や転移がないか確認する。

     

    「ただのイボだと思ったら肥満細胞腫だった」というケースは少なくありません。飼い主さんが早く気づいてあげることで、その後の治療成績が大きく変わります。

     

     

    【まとめ】

    肥満細胞腫は犬や猫でよく見られる皮膚の腫瘍で、見た目だけでは良性か悪性かを判断できません。診断には細胞診や組織検査が必要で、治療は外科手術が基本となります。悪性度によって予後は大きく異なりますが、早期に発見し適切に治療することで、良好な生活を送れる可能性は十分にあります。

    「ちょっとしたしこりだから大丈夫」と油断せず、気になるものを見つけたら早めに動物病院にご相談ください。

  • 多中心型リンパ腫

    犬や猫の病気の中でも「リンパ腫(りんぱしゅ)」は比較的よく見られる腫瘍(がん)の一つです。その中でも最も多いのが「多中心型リンパ腫」と呼ばれるタイプです。

    今回は、多中心型リンパ腫とはどんな病気なのか、症状や診断、治療方法、予後について飼い主さまに分かりやすく解説いたします。

     

    【多中心型リンパ腫とは?】

    リンパ腫は血液の中の「リンパ球」という免疫を担う細胞が腫瘍化することで起こる病気です。リンパ球は体のあちこちにある「リンパ節」に集まっています。

     

    多中心型リンパ腫は、その名の通り「全身のリンパ節に広がるタイプ」のリンパ腫です。特に犬で多く、猫でも見られることがあります。リンパ節は首やわきの下、股のつけ根、体の奥(胸やお腹の中)など全身に存在するため、多中心型リンパ腫は全身性の病気として進行します。

     

     

    【症状

    飼い主さまが最初に気づくことが多いのは「リンパ節の腫れ」です。

    下顎リンパ節(あごの付け根あたり)、浅頚リンパ節(首の付け根あたり)、腋窩リンパ節(前足の付け根あたり)膝下リンパ節(膝の後ろあたり)などを触るとコリコリしたしこりのように大きくなっていることがあります。

     

    その他に見られる症状は以下のようなものです。

    ・元気がなくなる

    ・食欲が落ちる

    ・体重が減ってくる

    ・発熱する

    ・嘔吐や下痢をする

    進行すると、肝臓や脾臓、骨髄などにも広がり、貧血や出血、免疫力低下による感染症などを引き起こすことがあります。

     

     

    【診断】

    リンパ腫を疑った場合、まずは体表のリンパ節を触診で確認します。

     

    その後、確定診断のためには以下のような検査を行います。

    ・細胞診:細い針でリンパ節から細胞を採取し、顕微鏡で確認します。短時間で結果が出ることが多く、第一選択となります。

    ・組織生検:より詳しい診断やリンパ腫の型や悪性度を知るために行います。

    ・血液検査・レントゲン・超音波検査:腫瘍の広がりや全身状態を評価します。

    ・骨髄検査:進行度を調べる場合に行われることもあります。

    これらの検査により「病期(ステージ)」を判定し、治療方針を決めていきます。

     

     

    【治療】

    多中心型リンパ腫の治療の基本は 抗がん剤(化学療法) です。

    一般的には、単剤治療より多剤併用プロトコル(複数の抗がん剤を組み合わせた治療)の方が、治療成績がいいとされています。

    ・多剤併用プロトコル:
    複数の種類の抗がん剤を組み合わせて使用する方法です。犬のリンパ腫では「CHOP療法」と呼ばれるプロトコルがよく使われ、最も効果が期待できます。

     

     

    ・単剤療法・ステロイド療法
    複数の抗がん剤を使うのが難しい場合、1種類の薬やステロイド(プレドニゾロン)だけを使用することもあります。ただし効果は限定的で、長期的な延命は難しい傾向があります。

     

    治療の目的は「根治」よりも寛解(かんかい)=腫瘍の活動を抑えて症状をなくすこと」です。

    寛解が得られると生活の質(QOL)が大きく改善され、元気や食欲が戻ります。

     

     

    【副作用について】

    「抗がん剤」と聞くと強い副作用を心配される飼い主さまも多いと思います。

    人のがん治療に比べて、犬や猫で使う抗がん剤は 生活の質を重視 して投与量を調整するため、副作用は比較的軽く抑えられます。

    よく見られる副作用は以下のようなものです。

    ・骨髄抑制:一時的な白血球減少(免疫力低下)など

    ・消化器症状:食欲不振、嘔吐・下痢など

    ・脱毛

    これらは投薬のスケジュールやお薬でコントロールできることが多いです。

     

     

    【予後】

    犬の多中心型リンパ腫の場合、CHOP療法などの多剤併用プロトコルを用いると、約8割の子で一時的な寛解が得られるとされています。

    ・平均的な生存期間は 約1年 前後(一部の子では 2年以上 生きることもあります)

    ・治療を行わない場合、数週間~数か月で症状が進行することが多いです。

    猫のリンパ腫はタイプによって反応が異なりますが、多中心型は犬より治療成績がやや劣る傾向にあります。

     

     

    【まとめ】

    多中心型リンパ腫は犬や猫でよく見られる腫瘍で、全身のリンパ節に広がる病気です。早期に発見して治療を開始することで、生活の質を保ちながら長く一緒に過ごせる可能性が高まります。

     

    「首やあごの下にしこりがある」「最近元気がない、体重が減ってきた」など気になる症状があれば、早めに動物病院にご相談ください。

     

     

    【症例】

    ・14歳、チワワ

    主訴;体表リンパ節が腫れている

    治療:多剤併用プロトコル(UW25)

    経過:抗がん剤治療にて寛解した。その後も4年以上の生存を認めた。